たそがれどき






誰そ彼時、黄昏時。


----ガタン ゴトン ガタン タンタンッ ガタン ゴトン


夕方、学校帰りの電車内。いつも会う彼がいる。違う、いつも見る彼がいる。

いつも彼は外を見てどこかしら切なそうな顔をしてる。
目にかかるかかからないかくらいの淡い栗毛色をした髪の毛が夕日のオレンジに染まって、
整ったバランスの横顔はどこか遠くを見つめていて。

誰も彼の方を見ない、彼がそこに居ないかのようにみんな通り過ぎて電車を降りていく。
私もその一人だった。今日もいつもの様に電車が地元の駅につく。
その横顔が気になりながらも彼の横を通りすぎて降りようとした。

しかし降りる直前にふと彼の方を見ると、目があった。
目が合った、と言うより周波数があったと言うか。
頭を直接覗かれる不思議な感覚にとらわれる。

すると彼は目を見開いて私に言った


「君、俺が見えるの?」


唖然とした。

周りの音が掻き消える。

オレンジに染まった車内でふたりだけしか居ない不思議な感覚に包まれる。

「え、えっと…見えて…ます…よ?」



プシュー



----ガタン ゴトン ガタン タンタンッ ガタン ゴトン






電車は走りだした。















そう、彼は死んでいたのだ。


何かに縛られたように電車から降りられない。車内の行き来はできるが
壁にぶち当たってしまうように電車からは降りられない。
路線を永遠に廻っている。もうどれくらいの時間こうしているかもわからない。



私に霊感はない。生まれて17年間そういったオカルト事には興味もないし、
自ら首を突っ込もうという好奇心もなかった。
でも彼は死んでいるらしい。見えてしまったものはもう仕方ない。格別怖いという思いもなかった。
降車駅を過ぎて電車は走りだす。
昇降口付近に立ち尽くす私を邪魔だよという様な目で見る乗客たち。
それに気づいた私は誰も座っていない優先席に腰掛けた。
彼もまた私の隣に腰掛ける。

彼の年齢はきっと同じくらい、高校生?
でも制服は着てないし…。

すると彼は腰掛けたまま向かいの窓のむこうを見ながらそれでも少し焦ったように口を開いた


「俺、自分の名前とか歳とか住んでたところとかなんにも覚えてなくて、いつどこでどうやって死んだかとか、
なんでここにいるのかとか、全然…」


「うん」


「・・・・また、この電車に乗ってくる?」


「うん、毎日」


そう言うと彼はどこかしら安心した顔を見せた。






次の日の朝。

同じ車降口から電車に乗る。すし詰め状態で彼を探すことなんかできない。呼吸すら危うい。
身体は酸素を求めて上を向く。このままじゃ私も幽霊になりかねない。
朝は諦め彼を帰りの電車で探すことにした。


帰りの電車、昨日と同じ昇降口から電車に乗る。ちょうど私が乗ったドアとは逆の昇降口付近に彼がいた。
今日も外を見つめている。
夕方の黄昏時しか会えない彼。名前も、年齢も、どこに住んでいたかも知らない彼。
胸がきゅっとする感じがしながら今日も私は彼の近くに行って小声で声をかける。


「こんにちは」


「! ああ、君か、こんにちは。」

彼は『話しかけられる』という感覚に慣れていないらしく初めびっくりした表情を見せていたが
私の姿を確認するとほんわりと暖かくなるような笑顔を見せてくれた。



それから私は学校帰りの電車内、
昇降口のギリギリで外を見ながら小声で彼と話すのが日課になった。
彼は少し困った顔で微笑みながら話を聞いてくれる。
学校であったこと、愚痴、友達の話。
絶妙なタイミングでの相槌。でもふとした瞬間外を見てあの悲しそうな顔をする。
その顔を見るたびに私は少し胸がきゅっとする感じがするのだ。

その原因は、なんとなくわかっている。
多分彼は知りたいんだろう、自分のことを。
私が話しかけるまでずっとこんな顔をしながらこの鉄の箱の中に閉じ込められていたのだろうか。
私はその日彼に持ちかけて見ることにした。


「ねぇ、あなたのこと一緒に探そう」



輪廻する車内での、不思議な関係の始まりだった。















その日から私はこの路線で亡くなっった同い年くらいの男の子のことを調べ始めた。
一緒に探すといっても彼は電車内からでられないし、何も覚えてない。
実質一人で調べるようなものだった。
彼は悪いよ、大丈夫だよ。と言いながらもあの顔をするので少し強引だったけど
私が調べたいからいいの!という理由で調べることにしたのだ。

とはいっても、この路線で起こる人身事故は年間100件超。
彼がいつからここにいるかもわからない状況で何から調べればいいものか。

とりあえず大きな駅の駅員室に行き「過去の人身事故で亡くなった方の中に友達がいるかも知れない」
という無理矢理な感じの理由を全面に出したが、あえなく失敗。
しかしここで諦めては第一歩すら踏み出せない。
今日がダメなら明日、明日がダメなら明後日、私は何度も何度も断られるためのように駅員室へ足を運んだ。

私が駅員室に押し入るようになって1週間。

「はー…また君か。」


「教えていただけるまで、何度も来ます!!」

そう告げると、困った顔をしながらも、
ついに渋々といった感じで駅員のおじさんに駅員室に入れてもらった。

そして駅員に彼の特徴と大体の年齢を話す。


すると身近にあったパソコンで過去の人身事故のデータの中から
過去5年間で事故にあった15〜18歳の男性のデータを見せてくれた。
しかし写真がないのでなんとも言えない。

「あの、これ、写真とかはないんでしょうか」


「えぇ?写真はないけど、映像ならあるよ」


映像…つまりは…人が人じゃなくなる瞬間の映像というわけで…

それでも見ないと彼かどうか分からないわけで…
ぶつかるのは一瞬だけだよね…

「み・・・見せてください」


それから私の吐き気との壮絶な戦いが始まった。
駅の来客室を借りての映像検証。

やっぱり映像はそういう瞬間を捉えたホームの映像ばかりで、最初はめまいがしつつも
休憩しながら見た。しかし人は慣れてくるもので、30分ほど同じような映像を繰り返し見ていると最初の気分の悪さよりは緩和された気持ちで画面に向かうことができた。


映像を見ること1時間半。
次のテープをデッキに入れて画面とのにらめっこを再開した。
データは1年前の夏、私がいつも使う駅の2つ向こうの駅のホームの映像。
夕方の5時過ぎ、人はまばらにしかいなく、これから電車がホームに入ってくるというアナウンスを告げているようだ。
すると並んでる人の列から男の子がふらりと現れ、ホームから線路へふわりと着地した


頭がひやりとする



彼だ


見つけた


遠目だが服装が一緒、背格好も一緒、彼だ。

私は彼が電車と接触する前にテープを止め駅員のおじさんに声をかけ、彼のデータを出して貰った。










プリントアウトしてもらった紙をカバンに急いで詰めておじさんにお礼をいって駅員室を飛び出した。



はやく、


はやく行かなきゃ


彼が待ってる
















「あぁ、彼?死んでないよ。確か今○○病院に入院してるはずだよ。
 お母さんがね、よく来てくれるんだ。迷惑かけたっつって菓子折りをさ。」





三浦友樹

18歳

△△高校



生きてるよ。ねぇ、友樹くん、あなたまだ生きてるよ。


私の足はいつも乗る電車のいつも乗る昇降口に向いていた。
夢中だった。
プリントアウトされた紙はカバンからはみ出てたし、髪だってぐちゃぐちゃ。服装もボロボロだったけど、そんなの関係ない。
とにかく走った。もう少しでいつも乗る電車が来てしまう。そしたら彼に会えないかもしれない。
一刻も早く伝えたかった。あなたはまだ生きてるって。

電車がホームに着ていた、私は猛ダッシュで電車に滑り込んだ。
少しだけスカートがドアに挟まったけどそんなの気にしてられない。引っこ抜いた。
急いで乗ったものだからいつもとは違うドアから乗ってしまった。
車両をまたいで彼の姿を探す。



いた



いつもどおりあの顔で外を眺めている



彼の姿を見つけると私は呼吸を正して髪を手櫛て少し直し、制服の襟を閉めた。
ゆったりとした足取りで彼に近づく。


彼もこちらに気づいたのか私の顔を見るとニッコリと笑ってくれた。
胸がキュッっとする感じ。


一歩、また一歩 近づくに連れて緊張する


彼とドアを挟んで逆側の壁に体を預けて、深呼吸

一度きゅっと口を結んでから、柔らかく口を開いた




「友樹くん、三浦友樹くん」






不思議なことが起こった
今までは普通に見えていた彼が透けはじめたのだ。
すると彼はふっと笑って私の頬に触れた


「うん、俺は三浦友樹みたいだ」


彼が私の涙を拭く真似をするが透けた彼の指ではすくえなく、涙は重力に従って地に落ちる

そこで初めて自分が泣いていることに気づいた。


「友樹くんは、いきて・・・ます・・・・」


「うん」


「友樹くんは…まだ…っ 眠ってるんです…っ」


「うん」


傍から見たらおかしな光景だろう女子高生が一人で壁に向かって喋りながら涙を流しているんだから。
でもそんなことは気にならなかった。


「戻らなきゃいけないんです…待ってる人がいるから…」


「うん」


徐々に薄くなっていく彼
それでも私の頭を撫でながらすごく穏やかな顔をしている


「ちゃんと…ちゃんと戻って、ちゃんと、思い出して…」


「うん、ありがとう」




そう言って彼は消えてしまった


私の涙の跡をオレンジに染まった夕日が照らしていた
















----ガタン ゴトン ガタン タンタンッ ガタン ゴトン



夕方、学校帰りの電車内。いつも会う彼がいる。違う、いつも見る彼がいる。


いつも彼は外を見てどこかしら切なそうな顔をしてる。
目にかかるかかからないかくらいの淡い栗毛色をした髪の毛が夕日のオレンジに染まって、
整ったバランスの横顔はどこか遠くを見つめていて。


誰も彼の方を見ない、彼がそこに居ないかのようにみんな通り過ぎて電車を降りていく。
私もその一人だった。今日もいつもの様に電車が地元の駅につく。
その横顔が気になりながらも彼の横を通りすぎて降りようとした。
私は彼に近づいていく。


すると彼はくすっとわらって私に言った


「君、俺が見えるの?」



オレンジに染まった車内でふたりだけしか居ない不思議な感覚に包まれる。


「見えてますよ」



プシュー


----ガタン ゴトン ガタン タンタンッ ガタン ゴトン





電車は走りだした。










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