水飛沫が防波堤を駆けのぼる
少しだけ高い波が打ちつけた
強い風
ふわりと浮かんだあなたの髪の隙間からぼくは海を見ていた

絵を描こう、と言って持ち出したバケツの水を
思いきり転んでぶちまけたのはいつだろう
あなたは目に涙が浮かぶほど大笑いをして
それからずっと
ぼくたちの空は水を溶かしたような淡い色をしている

誰もが夢見る永久機関を
ぼくはこの海に求めた
裸足で踏みしめる砂の感触
指先で触れた水の冷たさや
空の青さを映した水面の下で
届かない光を泳ぐ世界があることも知っていて
ぼくは海に魔法をかけた

あなたの声が聞こえる
波の音のように絶え間なく
昨日、夢の中で乗っていた船のこと
羅針盤、天球儀、
目指して舵を取った星の名前を口にして
星を見ようとあなたは笑う
白い手で砂浜に描かれた碇の形を
ぼくはこれからずっと闇の中で探し続けることだろう


あなたの声が聞こえてくる


それはさざなみ
淡い空の色を飲み込んだ海は同じ青を胸に抱えながら
それでもまだ足りないとあなたの姿を呼んでいる
防波堤に打ちつける波があなたの爪先を濡らして声を上げる

幼い頃は深海の底を浚ったら
流れ星の欠片がたくさん落ちているんだとばかり思っていた

あなたの斜め後ろから助走をつけて
大きな消波ブロックに飛びうつる
揺らいだ足もとがあなたの心に重なって
ぼくは少しだけ泣きそうになる
魔法をかける時は人差し指で、
伸ばした腕の先には何処までも青い水平線が続いている
あなたにも見えていればいいといつも思う


おしまいのような気がした
あなたのほうを振り向いたなら
そんなような気がしていたけれど
本当は誰にも分かっていなかった
はじまりがあったこと
あなたと海を見ていたということ
当り前のように空は青くて、
当り前のように海は広くて、


当り前のようにぼくたちはひとりきりだった


小さな言葉がどこまでぼくたちを生かすかは知れないけれど
約束を口にしていようとぼくは思う


強い風が髪を揺らして頬をくすぐる
波の音に混じって足音が遠ざかる
紛れもなくおしまいだった
だけど始まるんだとも思った
海の底に闇を感じて、
水面の輝きに命を見ていた、
あなたに打ち寄せる感情にぼくは耳を澄ませる
煩わしくて
時には静寂にも似た青の心音
遠ざかり、また近づいてくる息遣い


アスファルトを蹴ってあなたは飛んだ


着地は初めから知っていたような優雅さで
魔法のかけかたを教えて欲しいとあなたは言う
今夜は星を見よう、とあなたは言う


波の音が聞こえている


最後まで言えないであろう言葉が喉の奥まで出かかって
けれどもまだ終わりではないのだからと飲み込んだ
それは願望にも似た思想のようなもので
だから本当に最後まであなたには何も言えないのだろうとぼくは思う
それでもふたつぶんの視界でならば
あなたが見たい星は探せるだろう


そうしてまた目覚めてこの青の海に戻るのだ


おわりのあしおとがきこえる