きみといたとき、世界は美しかった。


駅から出て3つ目の交差点
誰も通らない赤信号
律儀に立ち止まるきみの隣りで
星ばかりを探していた気がする。

夕焼け空のスポットライトに
アスファルトを這う影法師が驚くほどにはやく伸びていき
そのままこの足を離れていってしまいそうで
怖かった。

触れられなかった指先を
伸ばしてきみが教えてくれた一等星
名前は知らない
要らないのだと、少し俯いてこぼした笑顔をぼくは
空を見るたびに思い出すだろう
それを分かっていてきみはあんなことを言ったかな。

目で見ても信じられないものがある
言葉では足りないものばかりある
夜が落ちると出会う恐怖に
目を瞑って誰かの名前を呼ぶさみしさに
やさしい人を探すのはやめにしよう、
口にした途端に消えたくなった。
それでも忘れては思い出すことを繰り返す
電車の中でまどろむ横顔や
ビルの隙間から差し込む夕陽
ひとりで見上げた星空だって、今でもまだ手放せずにいる。

自分を守るため、と
ナイフはいつだってポケットの中
きみが花びらに変えてくれるんだと思ってた
影は一瞬にしてなくなった
空のうつわの中に真っ白な花を敷きつめて
さいごにきみが触れてくれた手のぬくもりを覚えてる。


きみといたとき世界はずっと、美しかった。


きみに会いに行きたい。
この長い川を渡って
間違っていてもかまわない
新しい運動靴を汚して、両手いっぱいに花を抱えて
きみに会いに行けたらいいのになぁ。

ここには朝も夜もない
きみが見つけてくれた一番星は
まだ茜色の空で輝いているか
きみの目には映っているか。

ぼくは冷たい水を飲む
清冽の光が眩しくて目を閉じる
何処へも続かない川を渡ってきみに会いに行きたい。
きみと、
もう一度だけ話をしてみたかった。

あの時ぼくがひとりで踏みしめていた両足を
鬼灯のように咲いた夕闇の下で必死になって留めようとしていたふたつの影を
今ではきみが守っていればいい。


そうして二度と、きみには会わない。


影踏み